7月に読んだハリー・ポッターシリーズの最終巻の興奮が冷めやらぬとある朝に、新聞の広告でこの『ハリー・ポッター現代の聖書』という本のことを知りました。
最近はアマゾンのマーケットプレイスの利用で、古本であれば、ハードカバーも買いやすくはなりましたが、普段なら、文庫本を買うのさえ、おさいふと相談して熟慮の上でなければ買わない私です。
でも、どうやらハリー・ポッターシリーズについて、宗教的な視点からの著書らしかったので、思い切って買ってみました。著者の島田裕巳(ひろみ)さんという方は、宗教学者だそうです。
一読してみたところ、ハリー・ポッターシリーズについては、私と同じような感想を持っているところがありました。
たとえば、このシリーズの構想に費やした5年間という時間について、『いくら構想に5年の歳月をかけたからといって、よくこれだけの物語が出来上がったものだ』というところや、魔法や魔法使いを扱っていて、一見、キリスト教の影響が少ないように思われながら、『決定的な部分では聖書的な背景が重要になる』という辺り。
私は、最終巻の『ハリー・ポッターと死の秘宝』の一番のクライマックス辺りで、新約聖書の言葉(だと思われるもの)が頭に浮かんだのですが、手元に聖書がなくて確認できず、ネットで検索しても見つけられなかったので、サイトの最終巻の説明ページにキリスト教に関連付けての感想は書きませんでした。
でも、それまでのネットでの検索やニュースで、このシリーズを目の仇にしている、一部のキリスト教関係者や信者がいることを知っています。
「魔法」をベースにした味付けをしてはいても、やはり作者はキリスト教国のイギリス人ですから、その思想が色濃く出ていると私は思っていたし、宗教学者の方が、シリーズのいろいろな箇所を取り上げて、そのことを指摘しているので、その点に関しては、「わが意を得たり」と思いました。
だから、「魔法」という言葉から受けるイメージで読まず嫌いや攻撃をするのではなく、まず、読んでみて欲しいものだと思いました。
その他、シリーズの愛読者には、興味深い考察が続きます。
乳児の頃に両親を失ったハリーと、生まれてすぐに母親が死んだヴォルデモートは、そのことについては、自らの記憶にないという点でさほどの違いはないし、その後の生育状況も、親戚に冷遇されて育ったハリーと、孤児院で育ったヴォルデモートは、これまた、大きな違いはないと思われます。
生まれ、育ちに大きな違いはないのに、その後の精神のあり方の180度の違いについての著者の考察は興味深く、おおむね私も賛成ですが、同じような境遇でありながら進む道が違ってしまうのは、やはり本人の持って生まれた資質も大きいのではないかと、私は思っています。
同じ両親から生まれても、ひとりひとり、兄弟の性格は異なります。同じ体験をしても、人によって反応は千差万別です。それはもう自明のこととして、私は全く疑問に感じていませんでしたから、宗教学者の方が、その自明なことに疑問を持って考察をされていること自体が新鮮でした。
また、この本は、シリーズ最終巻の発売後に出版されたので、もう少し、結末についての考察もされているのかと思いましたが、それは省かれていました。やはり、これからシリーズを読む方に配慮したのかも知れません。
ちょっと物足りないところもありますが、ハリー・ポッターシリーズのファンには興味深く読めると思います。ハリーは、著者の述べるように、現代のイエス・キリストだと思うかも知れないし、私と同じように、自分の宗教観や、自分の価値観を再確認できるかも知れません。
私のサイト「こども図書館ドットコム」の『ハリー・ポッターと死の秘宝』の説明ページもどうぞご覧下さい。
私の手づくりや季節の写真は、つれづれ日記で紹介しています。
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![]() | ハリー・ポッター 現代の聖書 (2008/07/18) 島田 裕巳 商品詳細を見る |
最近はアマゾンのマーケットプレイスの利用で、古本であれば、ハードカバーも買いやすくはなりましたが、普段なら、文庫本を買うのさえ、おさいふと相談して熟慮の上でなければ買わない私です。
でも、どうやらハリー・ポッターシリーズについて、宗教的な視点からの著書らしかったので、思い切って買ってみました。著者の島田裕巳(ひろみ)さんという方は、宗教学者だそうです。
一読してみたところ、ハリー・ポッターシリーズについては、私と同じような感想を持っているところがありました。
たとえば、このシリーズの構想に費やした5年間という時間について、『いくら構想に5年の歳月をかけたからといって、よくこれだけの物語が出来上がったものだ』というところや、魔法や魔法使いを扱っていて、一見、キリスト教の影響が少ないように思われながら、『決定的な部分では聖書的な背景が重要になる』という辺り。
私は、最終巻の『ハリー・ポッターと死の秘宝』の一番のクライマックス辺りで、新約聖書の言葉(だと思われるもの)が頭に浮かんだのですが、手元に聖書がなくて確認できず、ネットで検索しても見つけられなかったので、サイトの最終巻の説明ページにキリスト教に関連付けての感想は書きませんでした。
でも、それまでのネットでの検索やニュースで、このシリーズを目の仇にしている、一部のキリスト教関係者や信者がいることを知っています。
「魔法」をベースにした味付けをしてはいても、やはり作者はキリスト教国のイギリス人ですから、その思想が色濃く出ていると私は思っていたし、宗教学者の方が、シリーズのいろいろな箇所を取り上げて、そのことを指摘しているので、その点に関しては、「わが意を得たり」と思いました。
だから、「魔法」という言葉から受けるイメージで読まず嫌いや攻撃をするのではなく、まず、読んでみて欲しいものだと思いました。
その他、シリーズの愛読者には、興味深い考察が続きます。
乳児の頃に両親を失ったハリーと、生まれてすぐに母親が死んだヴォルデモートは、そのことについては、自らの記憶にないという点でさほどの違いはないし、その後の生育状況も、親戚に冷遇されて育ったハリーと、孤児院で育ったヴォルデモートは、これまた、大きな違いはないと思われます。
生まれ、育ちに大きな違いはないのに、その後の精神のあり方の180度の違いについての著者の考察は興味深く、おおむね私も賛成ですが、同じような境遇でありながら進む道が違ってしまうのは、やはり本人の持って生まれた資質も大きいのではないかと、私は思っています。
同じ両親から生まれても、ひとりひとり、兄弟の性格は異なります。同じ体験をしても、人によって反応は千差万別です。それはもう自明のこととして、私は全く疑問に感じていませんでしたから、宗教学者の方が、その自明なことに疑問を持って考察をされていること自体が新鮮でした。
また、この本は、シリーズ最終巻の発売後に出版されたので、もう少し、結末についての考察もされているのかと思いましたが、それは省かれていました。やはり、これからシリーズを読む方に配慮したのかも知れません。
ちょっと物足りないところもありますが、ハリー・ポッターシリーズのファンには興味深く読めると思います。ハリーは、著者の述べるように、現代のイエス・キリストだと思うかも知れないし、私と同じように、自分の宗教観や、自分の価値観を再確認できるかも知れません。
![]() | ハリー・ポッター 現代の聖書 (2008/07/18) 島田 裕巳 商品詳細を見る |
私のサイト「こども図書館ドットコム」の『ハリー・ポッターと死の秘宝』の説明ページもどうぞご覧下さい。
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